2024年12月22日(日) 18:26 JST

ぬいいと、熱く語る!!

そう!そういうことやねん!!

今朝の産経新聞にとても斬新な広告が入っていました。
新聞紙を目一杯広げた大きさ。
単なる折り込みや中開きの広告ではなく
「特別紙面」として通常紙面の上に巻いてありました。
(画像をクリックしてくださいね。^^)


内容は、普段私自身が感じているんだけど
なかなか言葉に出来なくて悶々としていたこと

あるいは親愛なる友が
「 こんなあたしが訴えても全然影響力ないけど 」
とか
「 ものすごい著名人が言ってくれればもっと変わるのに 」
なんていいつつ常々Web上で紐垂らしながら
発信している思い

もしくは本当は結構な割合で日本中の人が
気づいている(と、思いたい!)んだけど
「私ひとり思っているだけじゃどうにもならないしな」
と思っている、だけど今の世の中にとって
一番大事なこと。



今度の選挙では政党云々は度外視して
この思いに一番近そうな方に一票を投じるつもりです。
比例区に関しては…ん~~~~~~~!(笑)
どこも拒否りたい気分ですが、間際まで考えます。

ちなみに裏を見てみたら、本日発売ニューシングルの
巨大広告でした。(笑)


「 買っちゃおうかな?」
とつい思ってしまった私。
しっかり釣り上げられちゃいましたー。

ひまわりが…

毎年兵庫県南光町のひまわり畑が
ローカル番組で報道されるのをみて
「 あ!行きたい!」
とは思うものの、オンエアされてから思い立った頃には
もう見頃がおわっているので
いつも思いを遂げずに終わっていた。

そこで、思うだけでは叶わないと今年は夏休み前から
タイミングを見計らっていたのだが
長梅雨で天候に恵まれなかったりいろいろあって
気づけば8月に突入、立秋を迎えようかとしていた。
「 南光町のひまわりはもう無理やなぁ 」
Y太とそんな話をしていたら、テレビで
今が見頃のひまわり畑の様子がオンエアされていた。
早速ネットで検索、そして私のオフの日に
なんとかまだひまわりが咲いていそうな町が
かろうじてひとつだけあった。
「 当日お天気が良くてまだ見頃なら行こうか?」
なぁんて言ってたのだが…。
町の名は「 佐用町 」。
昨日からテレビに映るその町では
住民の方々が土嚢積みに必死だ。
ひまわりどころじゃない。
……………………………………………
先日、親愛なる友が旅のみやげを持って訪ねてきてくれた。
「 霧がスゴくて一歩先も見えなくて〜。」
それでもなんとか富士山が拝めたお話など
みやげ話でこちらもホッコリした気分を味わうことができた。

今朝、その旅先だったところで大きな地震が。
おまけに台風まで接近している。
車いすを携えての家族旅行。
あおりを受けた方にはもうしわけないが
友の旅が今日でなくてよかった。
…………………………………………
少し前の話だが、皆既日食を前にして
私が案じていたことのひとつに
「 その日に台風が来ないだろうか?
  津波や大地震が起こらないだろうか?」
が、あった。
曇り空の中の皆既日食も素晴らしいと聞いていた。
その気になれば一年後に異国の地で
ダイヤモンドリングを見ることも可能だ。
でも大事故がおこってしまうと目も当てられない。

前日にはその皆既日食を楽しみにしていたかもしれない
施設のご老人たちが、土砂崩れでたくさん亡くなられた。
「 今日という日は、昨日亡くなった人が
  あれほど生きたいと願っていた日だ。」
タイムリーにそんな言葉を目の当たりにする。

「 皆既日食の島 」からの中継で
46年前の皆既日食を見て
宇宙を目指すことを決めたという毛利衛さんが
どんより曇ったそぼ降る雨のなかで
語ってらした言葉が印象的だった。
「 皆既日食を体験すると本当に
  自然の偉大さを肌で感じることができます。
  また、まさしく今こうやって小さな傘をさしながら
  日食を待っている自分自身をひとつをとっても
  お天気さえもどうすることもできない
  大自然のまえでは人間なんてとっても小さいものなんだ
  っていうことを思い知らされるわけであります。」
…………………………………………
「 生きててなんぼ。」
ちなみに、娘の帰宅が予定よりかなり遅くなり
とってもとっても心配になったとき
ぬいいと母が娘に送るお伺いメールは
「 生きてるか? 」
とたった一言である。
相手に負担にならず、こちらが知りたいことだけを伝える
格好の言葉だ。

夫婦で盗撮

盗撮行為をしていた夫婦が現行犯逮捕された。
私が気になるのは、被害者や加害者のことじゃなく
両親が逮捕されたそばで泣きじゃくっていたという子どものこと。
最近の友の影響を受けているわけじゃなく、真摯にそう思う。
さて、語り出すと長くなるのでこのへんで。
今日のオフは「 筆まめ 」と格闘…いやいや
「 筆まめでたのしもう!」
真剣に、今日中に終わらせないと。^^;

魂が悦ぶこと

三つ目の山を越えた時のお話。
「ここ数年、パソコンでいろんなことやってみたけど
 私が心底からやりたいことって
 こういうことなんだろうな、ってなことに
 最近ようやく気づいた。
 いや、思えば五年前、「アレ」をやったときに
 気づくべきだったのかも。
 「アレ」の詳細は後日あらためて…」

その「アレ」のお話を少し。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
Y太が幼稚園最年長さんの年、6月の時のこと。
Y太のダチママである仁ママがこんな提案をしてきた。
「 ぬいいとさん、子どもたちのアルバム作らない? 」
子どもたちが卒園するときに、手作りのアルバムをつくって
先生に贈りたい、そして、同じものをクラスのみんなにも
配ってあげたい、というものだった。
別の幼稚園に子どもを通わせている仁ママの友人が
過去、実際にやっていたことで、実物までみせてもらい
少なくても仁ママの頭の中ではすでにアルバムの概要が
出来上がっている状態だった。
「 ただ、私ひとりでは到底でけへんし、絵も描かれへんし・・・。」
という仁ママのなにか言いたげな目を見て、私は即答した。
「 やろっ。 ( ̄ー+ ̄) 」
サンプルアルバムを見てかなりの大仕事になるということは
容易に察しはついていた。
以前の私なら二の足を踏んでいただろう。
しかしそのときはちょうどPTA給食委員会の委員長として
給食試食会を取り仕切る、という仕事を終えた直後だった。
物事をやり遂げるための準備、人をまとめるためのノウハウ
自分がアクションを起こさない限りなにも動かないというプレッシャー
そういうものをすべて認識したばかりだった。
「できる。」
という確信があった。
なにより
「ぜひやりたい。」
があった。

そして卒業を迎えるころ・・・・できた。
( ドテっ!Σo(_  _ o) あいだ、はしょりすぎ!!)
百聞は一見にしかず。
出来上がったアルバムの中で
私の一番お気に入りのページを掲載します。
(画像をクリックしてね♪^^)

注釈・この年、運動会の鼓笛隊行進で流れていた楽曲は
   「世界にひとつだけの花」と「鉄腕アトム」でした。   

気乗りしないこと

イチロー先生が残している数々の名言のなかで
ぬいいとさんのお気に入りのひとつに
「 自分が気乗りしないことをやりとげようとすることは
  後々、とても大きな力となります。」
ということばがあります。
なにかやりたいことがあるとそれに付随して
必ず気乗りしないこともついて回ってくる
という法則があることに、この歳にもなると気づかされます。
その「やりたいこと」が大きくなればなるほど
それに付随してくる「気乗りしないこと」も大きくなります。
上の日記に書いた、「アルバムを作る」にあたっても
写真を撮ったり、イラスト描いたり、レイアウトを考えたり
なんていうおいしいところをするのはとても楽しかったのですが
企画が大きくなるにつれ、保護者への打診やとりまとめ、写真の管理
お金の扱いや会計報告など、わずらわしいことも多くなりました。
正直、写真代には旦那にはいえないくらいの身銭を切りました。
しかし、「やり遂げたい。」という気持ちが大きいと
そして、「最初からそんなことは百も承知」という覚悟があると
寝食惜しんで作業することも、あちこちにペコペコ頭下げることも
本来ならアルバム作りとは全く関係ない配布プリントの作成も
不思議と苦でなかったことを今でも覚えています。
そして、ありがたいことに、どうにもならないときや困ったとき
必ずどこからか救いの手が差し伸べられました。
これにはもう、感謝のきわみです。

ひとえに・・・これはPTA活動の賜物です。
正直、PTA活動ほどわずらわしいものはありません。
(なんていったら、PTA会長に怒られるだろうか
 いや、会長さんが一番身をもって体験してらっしゃるはずです。)
時間は束縛される、会社勤め並みの気遣いがいる
もちろん完全ボランティア、仕事に支障が出ることもしばしばです。
特に広報委員長の時には、プレゼンのボツが連続することも多々あり
『ムダ足ふませやがってぇ!』
と、自身の日記で膳ひっくり返したりもしました。
「PTA活動は気乗りしないものの最たるもの」
といっても過言はありません。(笑)
ただ少なくとも私にとって、ここで得たものは
イチローさんのおっしゃるとおり
後々お金には代えられない確かな(大きな、とはまだいえない)力と
なっていることは確かです。
アルバム作りだけに限らず、なにかやりたいことができた時
それに付随する「気乗りしないこと」も折込済みという姿勢で
臨むことができるようになりました。

「気乗りしないこと」を「大きな力に変える」
それは
「気乗りしないこと」プラスと捉えるか、マイナスと捉えるかで
変わってきます。
ただ、生きていく上でモチベーションの高い日、そうでない日
いろいろあります。
私も年がら年中シャニムニ生きてるわけではありません。
いろんなしがらみ、拘束があって気乗りしないことをあっさり捨てることもあります。
偉そうに御託を並べてますが、体調がすぐれない時は
洗い物ほったらかして、とっとと寝てしまうし
毎日の家事は如何にして手を抜くか、なんてことばかり考えてます。

でも、なんとか細々と少しずつ歩み続けていられるのは
このことばのおかげです。
「 自分が気乗りしないことをやりとげようとすることは
  後々、とても大きな力となります。」

ページナビゲーション