2025年3月31日(月) 22:37 JST

一生勉強?

ライブにまつわるエトセトラ

昨秋、とあるアマチュアバンドのライブに
誘われて行ってきた。
親愛なる「 姫 」の職場仲間がそのメンバーのひとりで
幼稚園からの幼なじみ4人( 男2女2 )からなるバンドだ。
http://blog.livedoor.jp/umeyots/

地元のスタジオで4年間弾きこもったのちに
意を決して臨んだ初ライブ。
アラサーメンバー相手に失礼な言い方かもしれないが
初々しくも堂々とした初ライブだった。

音楽は大好きだけど、細かいことはよくわからない私
実は曲も一回きいただけでは覚えられない。
わんわん鳴り響く狭いライブハウスなので歌詞もわからない。
彼らの音楽のどこがよかったか、なんてことは
「 アレンジがわたし好み 」
とぐらいしかいうことができないんだけれど
彼ら、彼女たちのかもし出す空気が
すごく私の肌にあっていたことと
「 いままで弾きこもってたなんてもったいない 」
という思いが強烈に残ったライブだった。
「 次もぜったい行こう!」
と、ほどなく次のセカンドライブの告知があった。

「 …やば。Y太の誕生日やん。(><;) 」

……………………………………………………

自分の楽しみのために息子の誕生日放っていくのも
なんだかなぁがあって行こうかどうしようか迷った。
そんなところに姫からの打診が…
「 仕事、頼もうかと思ったんだけど… 」
何?!しごとってかぁ?!

実質、報酬などこれっぽっちも期待はしていなかったが
出ていくための大義名分が欲しかった。
後から夕方や夜の公的行事の予定も入ってきた。
ますます「 大義名分 」が必要だ。
で、姫に尋ねる。
「 仕事て、何? 」
姫「 撮影→写真集作成 」
姫は私の鼻先に人参ぶら下げてきた。

そんなこんなでY太には誕生日の前倒しで焼き肉外食しぃの
当日はせめてもと一緒にケーキを買いに行きぃの
精一杯のバースデーフォローしたにもかかわらず
「 はぁ〜。息子の誕生日ほっといてライブ行くかぁ? 」
なんてちょっとイジワルな小言を言われながら(笑)
しかるべき日にしかるべき場所へ向かった。

………………………………………………………

運動会の写真はこれまで
吐くほど撮りまくったぬいいとさんだが
ライブ撮影はズブの素人だ。
自前にいろいろ勉強していきたかったのだが
間に合わなかった。
「 とりあえず撮った後に反省会 」に方針は変わった。

もともと器用ではなく、両立できない質なので
姫には自前に
「 撮影に専念、手拍子その他は一切端折ります。」
と宣言していた。

ライブが始まる。
緊張した面持ちの彼らを前にまず思ったこと、それはなぜか
「 申し訳ない。」
だった。
彼らが一番望んでいるのは、写真をとってもらうことでなく
「 自分たちの音楽で楽しんでもらうこと 」
ただ、今の私のキャパでは音楽も楽しんで
写真もバッチリ撮り楽しんで
なんて芸当はできない。
( 運動会ならできるんだけど(笑) )

一瞬よぎった「 申し訳ない 」を払拭して
別の角度から私なりにライブを存分に楽しませてもらった。
「 すとろんぐうぉ〜まん」流れてたのも気付かないくらい
集中してしもたけど。
パッと聞いていたく気に入った「 めきしこの風 」
もう完全に頭の中から消えてしまってるけど。
( 何度もいうが、一度聞いただけでは覚えられない。)

………………………………………………………

撮影結果は惨たんたるものだった。
予期していたことなので大きなショックはなかったが
さて、写真集出すほどのものは皆無といってよいほどだ。
コレはちょっと方向転換しないと。^^;
「 3ちゃん、うまく撮れてないかなぁ? 」
頼みは同じようにライブに来てカメラを構えていた姫の愛息だ。
後日、彼が撮影した写真が送られてきた。

…すばらしい。

さすが元写真部所属の姫の息子だ。
「 嫉妬を感じるほどの出来映え。」
誤解のないように、これは私が時折使う
私流、最上級クラスほめ言葉のつもりだ。

彼の写真にも衝撃を受けたが
私がもうひとつ予期していなかったことは
彼撮影の写真を見た時の自分の中に起きた感情
「 くやしい〜! 」である。
写真集を作ることだけが目的ならば
3ちゃん撮影のナイスショットをもらったときに
「 あ!助かった!ありがたい〜(^O^) 」
とまずは思うはずだし、事実写真が送られてくるまでは
それを期待していた。
それが「 くやしい〜! 」である。
誤解のないように、彼に対しての「 くやしい〜!」ではない。
自分に対しての「 くやしい〜!」である。
自分の意のままに写真がとれないくやしさを
再認識させてくれた。
やはり私は「 映像デザイン科 」だ。
3ちゃん、ぬいいとおばちゃん気付いたよ。
ありがとね。^^

写真じたいもそうだが、姫曰わく
「 黒子に徹する 」
が、実は全然徹し切れてなかったことも
メンバーのみなさんに対して申し訳なかった点だ。

バシャバシャ心置きなくライブ写真が撮れるのも
小さなライブハウスでやっているあいだだけだ。
メジャーになって撮影禁止の会場でライブするようになるまで
もうしばらく楽しませてもらおう。
余裕のよっちゃんで左拳上げながら
右手でシャッター切れるようになるまで。

あ、自分的に一番「 くやし〜! 」があった写真
アップさせてください。
本人さんの許可、いるかなぁ?
ピンボケやからえぇんちゃうん?が、あるけど。


心地よいプレッシャー

あの手作りフライヤーとなかよく共存できるものが
はたしてこの私にできるんだろうか・・・?
ちょっと不安になってきた。

思いのままに作ろうと思うと、越えなければならない垣根が
越してしまいたい垣根があるんだけど
それに要する力は今回は状況的にちょっと
私の許容量を越えてしまいそう。

ま、今回は無理せずクライアントの提案通りに
決められた枠の中で楽しむことにしよう。

ごめん、ワケあって詳しく話せないけど。

1年を振り返って

実は2009年の比較的早い時期に
「 今年1年でやりたいことリスト 」
というのをダーッとあげてみた。
挙げてみてまず感じたことは
「 こりゃ全部はムリやな。」ってこと。

当然自分の中での取捨選択が必要となり
あれこれ思案してるうちに自分で決める前に
外的要因がいろいろふりかかってきた。
「 迷いがある時は流れにまかせる 」
が信条なので
今年はその流れに乗ってみた。

「 私のやりたいことリスト 」の内容は
ほとんどがスキルアップにつながるものだが
大きく分けてふたつのグループに分かれる。
ひとつは「 自分の魂が悦ぶことに繋がるスキルアップ 」
もうひとつは「 お金に繋がるスキルアップ 」
そして前述の流れに任せた結果、今年は
後者に繋がる選択が優先されることになった。

それなりに納得のいく結果は出せたが
当然のことながら前者の
「 魂が悦ぶことに繋がるスキルアップ 」
の方は越年に、いやヘタすれば闇に葬られるかもしれない
という不安にもかられてきた。
そんなときに、姫との隙間ミーティングが開かれる…。
……………………………………………
梅の話や柚子の話に湧いたあとで
今年、私がこだわって作った広報誌の話になった。
web上で広報誌を限定公開した時にも
彼女は軽くコメントしてくれていたのだが
その軽いひとことコメントの裏に
何かものすごくもっといいたいことがあるんじゃないかと
ずっと気になっていた。
…どビンゴだった。

あの広報誌については各方面から本当にいろいろ
コメントを頂戴してそのすべてがとてもありがたいものだった。
ほとんどが肯定的なものだったが
気心しれた方ばかりに公開したので
おそらく否定的な感想を持った方は遠慮して
あえてコメントなんて残さないだろうということも察していた。
そんな中での彼女からの大いなるダメ出し。
…ありがたかった。

「 確かにいろんな規制がある中で
  ギリギリの線で精一杯のことをやってるのは
  よぉくわかる。  でもあんな規制だらけの中で
  あなたはあんなことをやっていてはいけない。
  あなたにはその力を発揮できるふさわしい場所が
  もっと他にあるはず。」
…詳細忘れたけどそんなこと言ってたような。
内容超ダメ出し、半面超MOTTAINAIコメント。
自分でも気づかなかった感情を見透かされた。
彼女にダメ出しされなければ
危うくわすれてしまうところだった。
わたしが心の底からやりたいことを
あたしの魂が悦ぶことを。

今年一年、「 メシの種としてのデザイン 」を
念頭にやってきた事に関しては悔いはない。
それも私が望んでいたことである。
ただ、コレも深く掘り下げるとキリがない。
何でも没頭しだすとそれが本来自分がめざすものでなくても
ついついそちらに走ってしまうところがあるので
今年の「 お金に繋がるスキルアップ 」も
放っておけば「 来年も追究 」となっていただろう。
気付かせてもらって、感謝だ。
…………………………………………
かねてより気になってしかたがない「こと」があって
その「こと」もチラリとお話をきいてもらった。
彼女いわく
「 それは女子校の弊害やでぇ!未だに引きずってるわ。」
このアラフィフおばさまが?…今さらハズカシいわ(笑)。
なんで「それ」が気になって仕方がないのか
ミーティングでもお話したが、話しながらも自分の中で
コレといった答えが出ず、未だにわからない。
ただ、ひとつだけ言えることは
「 そのひとも彼女同様、あたしの魂が悦ぶことを
  あたし自身が気づく前に察知する能力があった。」
ということ。
…もう、過去形なのか?(笑)
……………………………………………
「 甘い 」と言われるかもしれないが
来年はちょっといい意味でわがままになってみようと思う。
今年得た「 メシの種 」は捨てずに
「 現状維持キープ 」ということで。
料理同様、手を抜くところも把握はできたつもりだ。

「 自分の魂が悦ぶこと優先 」
運勢的にはとてもいい時期、来年はこの運勢に甘えて
自分の魂を大切にしてみよう。
さて、まず1月はどんな旗たてよかな〜。^^

自己表現

先日の 「 書き手と読み手 」 のつづき。

また別のぬいいとファン(また勝手に決め付ける。笑)の某方が
自身のサイトで、綴られていたことをそのまま転載いたします。
「 ほぉ~ 」 と思わずうなってしまいました。
許可申請中ですが、お返事がないまま見切り発進。
不都合あらばご連絡を・・・。
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「文章の表現力」 のみで文章は書けない
というのが私の考えの中枢にあります。
隠しても隠しても そこに「自分」が出てくるのが
文章だと思います。

私は結構 読み手がしらけるようなことを書いている人の文章も
すすんで読みます。
そこにその人が出てるからです。
そこに書いている内容と その人とのギャップを読み取るのは
特にWEBを読み歩く時の楽しみです。

人が心打たれるのは
文章 とか 文章力ではなく
事実と 嘘偽りのない作者の
行間に込められた思いだと思うのです。
もしも書き手に必要なことがあるとすれば
それらをちりばめる センスや想像力だと思います。

はじめにに文章ありきではなく
その人ありきです。

どんなに素晴らしい文章を書く人のブログよりも
若い人気者が 今日何を食べて 何を着て どこへ行ったという
自らの写真付きブログの方が
圧倒的に 閲覧数は多いのですから。

そして彼らに 今日 とある商品を手にしてもらって
これは 美味しい♪ これは使いやすい♪ と書いてもらったら
商品の売り上げ増ですから・・
色んな大人の事情ありきのブログのお話です。
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 「 書き手と読み手 」 にでてこられたぬいいとファン(笑)の方。
先日はその方からのファンレターの一部を引用しただけなので
伝わりづらいところもありましたが
上記の方が仰せのこととよく似たことを
そのファンの方もアチコチで発してらっしゃいます。

「 行間に込められた作者の思いを読める人が
  どんどん減ってきてるので
  本当に優れた作品が埋もれていってしまうのが寂しい。」

とかなんとかおっしゃってたこともあったような…。

ちなみに2ヶ月前にひそかにコソっとおっぱじめた
「 お掃除ブログ 」 にも、じつは私なりの行間がありますが
さて、そのことを読み取ってくださっている方は
はたしてどれだけいらっしゃるのでしょうか、ちょっと興味があります。
ちなみに「ペタ」はないけど「 のんびりのびのび 」並みの訪問者があります。
ほとんど宣伝らしいことはしていないし
ただ単にものすごく苦手な「掃除」をしたところを綴っているだけ。
にもかかわらず、です。

ありがたきしあわせ。(-人-)

みなさん行間読んでくれてはるんかな?
「 あ、こいつ1週間掃除してない。」とか(笑)。
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いろいろ勉強することはとても大事なことだと思います。

ただ・・・
ユーミンも、みゆきさんも、はっきりいって歌はうまくはありません。
でも・・・
わたしはどちらの世界も大好きです。

書き手と読み手

先日私のファン( って、言い切るかぁ?w )の方から
次のような書き出しのメールを頂戴しました。

「 ぬいいとさんは本を読まない方がいい(笑)」

なにやら文体がない文章が私の文体である、とのこと。
なんだかワケわかりませんが、私は本当に
心の赴くままに天然につづってるだけなんですが
そのファン( と、勝手に決めつける(笑 )の方は
その天然な私のリハビリ作文をとてもありがたく
次のように解釈してくださいました。

「 貴方は『 時系列 』の処理に優れたものをお持ちです。
  本を読み過ぎた人間が文章を書くと
  まず「時系列」を壊す誘惑に駆られます。
  時系列を綺麗に処理した文章を書ける人は少ないのです。」

じ〜け〜い〜れ〜つぅ〜〜〜???
まったく頭にない(笑)。
私にすれば、元々本を書いてらっしゃるという
この方の文章力にはとうていかないません。

「 元々、文章は矛盾に満ちたものです。
 書き手だけでは文章は成立しない。
 書き手が、文字から描写が立ち昇る文章を書いても
 それを受け取る読み手の能力がなければ無意味です。
 優れた文章は、良い書き手と良い読み手を要求します。
 そして、良い読み手になるのには読書量しかありません。
 これも矛盾ですね(笑)」

私の書いたものが優れた文章といえるのかわかりませんが
ただひとつ言えることは
「 読んでくださる方がいるから
 私の書いたものが生きてくる。」
ということ。

ここにきてくださる全ての方に、感謝。(-人-)

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