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 2018年1月24日(水) 18:37 JST

背番号31、復活

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実家の父の部屋を整理していたら
このようなものが見つかった。



掛布氏のサインボール、直筆だ。
40年ほど前、実家のある商店街のイベントで来訪された時に
早朝から並んでゲットしたものだ。
当時人気絶頂の若トラ掛布のサインボール
一生家宝にしようと思っていたはずなんだろうが(忘却、推測)
時は流れて埃まみれの父の部屋で
日本人形のケースの中に間借りしてひっそりと鎮座していた。
幸いに、ケースの中だったので意外と綺麗だったけど。

その日の夕方のニュースで背番号6と共に復活した
背番号31の姿が映し出されていた。

「 やっと戻ってきたか。」

そんな言葉が出てきた。
サインボールは元の人形ケースの中に戻しちゃったけど
やっぱり今度掃除しに行ったときにもっと目立つところに
再デビューしてもらおうかしら。

*:..。o○☆゜・:,。*:..。o○☆*:..。o○☆゜・:,。*:..。o○☆

あ、念のため、オヤジは元気です。
足腰かなり弱ってるけど、時間感覚マヒってるけど
リモコンと携帯と電卓の見分けがつけへんけど
自分で食べて、用も足してます。
気が向けば白衣着て板場に出てきます。
90歳、生きてるで(笑)。

ラガーマンへの道

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ここにきてラグビーがにわかにクローズアップされてきた。
息子Y太も中学生の時はラガーマンだった。
小学生の時に近所のテニススクールに行っていたので
そのまま中学でもテニスを、といきたかったところだったが
生徒数が少なく、運動クラブの数も限られていて
選択肢は「サッカー」「卓球」「ラグビー」しかなかった。

「 サッカーは未経験者にはハンデあるし
  ラグビーは激しすぎるよな。
 学校で卓球やって、あとはテニススクールか?」
と、思い込んでいた母だったがY太が選んだのは
ラグビー部だった。

Σ( ̄□ ̄!!) はぁ〜〜〜〜〜っ?!らぐびぃ〜?!
と、ひっくり返ったのを覚えている。
小6の運動会で徒競走2等がMAXだったY太がラグビーてか?!
ひょろひょろスリムなテニスの王子様がラグビーてか?!
絶対骨の2・3本は折るで!
しかも毎日砂まみれやし!
え?結構用具代もバカにならへんやん!
(≧ε≦)ひぇ〜!考えなおしてくりぃ〜!
ってのがぬいいと母の正直な気持ちだった。

案の定、骨はもう何本折ったか忘れるくらい折った。
玄関先や風呂場、廊下、そしてなぜかY太の布団まで
いつも砂でザラザラしていた。
運動神経も良い方ではないので3年まで保たないと思ってた。
だが、彼は中学生最後までラガーマンを貫き通した。
3年間、骨を折り倒したことも、砂まみれな毎日も
終わってしまうと寂しい、済んでしまうとみな勲章だ。

さて高校でもラグビーを!と、いきたいところだったが
今度はそのラグビー部がない(笑)。
テニスの王子様に逆戻りである。

ラグビーは過酷なスポーツである。
ケガは絶えないし、強靱な身体作りのために
食事は吐くほど食べさせられる。
それゆえに本人がやりたいと希望しても
親御さんの反対にあってやむなくラグビーを断念した
という話もちょくちょく耳にする。
親御さんの気持ちもよくわかる。
でも、本人さんがやりたい!っていえば
ぜひ、やらせてあげてほしいな。

昨今のラグビーブレイクを受けて、ラガーマンの末席の
そのまた後ろの立ち見席にいるY太がちょっとばかし
誇らしげに思う。

「 ラグビーやる。」
って言い出したときは全然乗り気じゃなかったけど。
未だに
「 え〜っと、ワントライで何点やったっけ?」
てな感じでかなりいい加減な母やけど。
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ぱわぁぽいんと

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「 パワーポイントで作るアルバム講座 」ってのに行ってきた。
2時間の講座、1回こっきりで完了
パワーポイント初心者でもOK!
受講料1300円なり。
公的機関が開いている講座だけあってリーズナブル
と、私はおもったのだが…

雪「 高っ!」
ぬ「 え?そうか?フツウやったら何千円か
   シッカリ学んだら何万円も取られるで。
   触りだけ教えてもらえたらえぇねんし
   おかんにはうってつけやわ。」
雪「 そんなんやったら私教えたるのに。」
ぬ「 ほな教えてぇな。」
雪「 ん~、また今度な。」
ぬ「 な!そないなるやろ?そんなん待ってられへんわ!」
雪「 てか、おかんやったらちょっと見たらできるんちゃうん?」
ぬ「 それがさぁ… 」

ワードやイラストレーターで広報誌つくりぃの
ムービーメーカーで息子たちのラグビーDVDつくりぃの
あちこちにウェブサイト(ホームページ)つくりぃの
エクセルで帳簿つくって確定申告やっちゃいぃのと
大概のソフトでやりたいことやりまくったぬいいとさん。

がしかし!
パワーポイントがなぜか使えなかった。

話は逸れるが、新しいジャムの瓶のフタって
一番最初に開けるときはすんごくかたくて一苦労する。
握力がなくても気力があればフタに輪ゴム巻くなり
フタ温めるなり、カナヅチでコンコン叩くなりして
なんとか自力で開けようとするが、心身共に疲れていると
「 もうえぇわ 」
と、諦めてしまうか、近くに若男子がいれば
「 にいちゃんすまんなぁ、コレ開けてぇな♪」
となる。

私にとってパワーポイントはこの新しいジャムの
フタみたいな存在だった。

教本紐解くなりサイトに検索の旅に出るなりして
一からあ~やってこ~やってといった行程を自力で踏まえながら
とっかかりを暗中模索するというところを
いくばくかの賃金を払ってあっさりと教えてもらった。
パワー不足の今の私にとってその行程をはしょるのに
1300円は安いと感じた。

さて、そのジャムの瓶のふた、一度開いてしまえば
あとは自力で何度もパカパカあけられるようになった。
あらためて、ご教授くださったシニア先生方に、敬礼!
(`´ゞ

家に帰ってから、さっそくこんなものをつくってみた。

https://youtu.be/S4KUhNWrxAM
どこがアルバムやねん!?ってか?(^m^)

雪は何してんのん?

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社会人3年目の雪。
雪の門出を迎えて1年目は本社のパソコンの前で
黙々と作業をしていたが、その後遠方の病院の
新システム起動のため、海外出向を命じられた。
あ、海外といっても我が家では北海道だろうが沖縄だろうが
淡路島だろうが、本州を離れたら
全部まとめて「 海外 」である。

なんちゃら大橋を往来しながら平日は現場へ出張
週末は自宅に戻るといった状態が、もう1年半続いている。

窓口業務が続く雪。

「 あ〜早く本社帰って開発してぇ〜。」

の言葉に

「 いっそのこと住民票移したら?」

とイジる旦那さん。
仲のえぇ父娘だ。

そんな生活もあと一週間、次に帰阪したそのあとには
本人さん待望の本社勤務が待っている。

「 いったん本社でその次は北海道の病院か?
  ( *´艸`)クスクス・・・・・ 」

旦那さんがまたイジる。
仲のえぇ父娘だ。

毎週毎週同じチームを組んでいる数人で車での移動。
雪も大変だが、運転してらっしゃる方はもっと大変だ。
ウチの大事な娘を乗せて、ここまで無事故無違反で
きてくださったこと、どんなに感謝してもしつくしきれない。

と、こんなところで感謝の意を述べても伝わらないので
一度その会社の方に直接お会いして礼を述べるなり
お歳暮なりお中元なり贈りたいという気持ちを雪に言ったら

「 そんな余計なことはせんでよろしい。」

と、一蹴されてしまった。
そやな、社会人やし、親の出る幕やないわな。はいはい。

他の方々はまだ出向先での業務をつづけられるとのこと。
これからの移動も変わらずご無事でありますように。
(-人-)

豆ごはん

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春になったら豆ごはんを食べるのが当たり前の事だと思ってた。
日本全国そうだと思ってた。

ちゃうんや!
ってことを半世紀生きてきて今日初めて
ケンミンショウで知った。

花のお江戸では豆ごはんはえらく不評で食べる人は
めったにいないとのこと。
インタビューに答える都民たちも豆ごはんと聞いただけで
顔をしかめる。

なんで?!あんな美味しいもん、なんでそんな毛嫌いするん?
食文化の違いがあるにしても
もしかしてだけど〜、もしかしてだけど〜
多少のヤラセがあったにしても
そこまで否定せんでえぇんちゃうん?

と、ちょっと心外な気分だったのだが

「 なぜ、大阪の春は豆ごはん?」

のワケをきいて納得した。

浪花の豆ごはんにはウスイエンドウという品種の豆が
使われてるのだが、お江戸ではグリンピースが
使われていること。
そりゃグリンピースご飯なら浪花人でもおことわりだ。
ウスイエンドウの豆ごはんはちょっと大げさにいえば
栗ご飯に近いものがある。
青臭さがなく、ほんのり甘味がある。

毎年春になると当たり前のように店先に並んでいる
ウスイエンドウ。
ルーツを辿ればその昔、大阪は羽曳野の碓井(うすい)
というところでグリンピースを食べやすいものにしようと
品種改良され栽培されたものだそうだ。

今は和歌山で作られていて大阪とその近郊にしか
出荷されていないとのこと。
そうなんや。
津々浦々に出回ってるもんやと思ってた。

保存がきかない品種だから春にしか食べられない。
そんなこんなで「 大阪の春は豆ごはん 」だとさ。
以上、ケンミンショウをご覧にならなかった方のために
軽く解説。

なぁんか、当たり前のように食べてた豆ごはんが
急に貴重な存在に思えてきた。
もうちょっと感謝して食べよ。

ちなみに、Y太も大阪人だけど、豆ごはんは苦手である。
とっても美味しい豆ごはんだけど、やっぱり好き嫌いはある。
大阪人すべてが豆ごはんloveなわけではない。

ついでにいえば、世に良く言われる
「 お好み焼きにごはん 」
という大阪人は、私の周りにはいない。
人の話は七分くらいに聞くのがちょうど良い。

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