2025年11月 5日(水) 08:16 JST

バトンタッチ

「 新聞屋稼業 」( 別に稼いでないけど(笑) )
二年間委員長として務めさせていただきましたが
今年は次の方に委ねることになり
先日、新旧の正副委員長4人を交えて
「 引き継ぎの会 」なるものを開きました。

とはいってもぬいいとさん、よしえちゃん
そして次期委員長の、よままかちゃんは
子ども達が同じクラスで気心しれた仲。
よままかちゃん家でお茶菓子よばれながら
お気楽にやってました。

時期委員長のよままかちゃんは、昨年度も
広報委員としていろいろお手伝いしてくれました。

「 わたしにできるんかいな?」

なぁんておっしゃるよままかちゃん。
ぬいいとさんの狭い経験値内での話ですが
こういう風におっしゃる方こそ
ソツなくやりこなしちゃうんですよね。

パソコンは文字入力するくらいで他は何もでけへん
…とおっしゃいますが、ぶっちゃけた話
パソコン知らなくても広報委員長はできます。

よままかちゃんが委員長を引き受けられた時に
彼女の旧知の仲である「 グリーンさん 」も
一緒に引っ張り込み、ふたりでやっていく事に
なりましたが、グリーンさんとお会いするのは
このたび初めてでした。

「 パソコンのできるひと 」

としかうかがっておらず、前委員長として
どのように接したらよいのかなぁなんて
いろいろ思案していたんですが
お会いして安心いたしました。

ヒトコトで言えば
「うってつけの方」(笑)

パソコンができる云々の前に
新聞作りに一番うってつけなのは
「とにかく白い紙一枚与えたら
 ウハウハ気分で何かしらを書くことに
 快感を覚えるひと。」
パソコンできるに越したことはないけど
べつにパソコンできなくても「コレ」さえあれば
どないでもなるんです。

紙面作りに関しては、あたしは口出しせず
グリーンさんにお任せするのがbestのようです。
あとは、実行委員会に関わってないとわからない
PTAや学校のこまかぁーい掟や
地域や人間関係の絡みを、随時よままかちゃんに
伝授していくといたしましょう。
そう、この新聞屋稼業、引継帳だけで委ねるには
ちょっとばかししんどいモンがあります。
おせっかいだけど、1年間陰ながら
サポートしていく所存です。

Pの隠語

よままかちゃん曰く。
「ぬいいとさぁん!P集ってなに?」

ハイハイ、ぬいいとさんも初めて実行委員会に
出席した時は、ワケわからん言葉ばかりで
右往左往いたしました。

P集=PTA集会室

えー、ほかにどんな隠語があったかなぁ。

現P=今のPTA会員

正副(せいふく)さん
   =各委員会の実行委員長と副委員長を
     対で呼ぶ時の称号。

ひな壇=四役さんのこと。
 例:「〇〇さん、とうとうひな壇に
     上がっちゃったねぇ。」

夜襲(やしゅう)=何人かの役員さんが夜、保護者宅に
          実行委員引き受けのお願いをしに
          訪問すること。

青指(せいし)=青年指導委員会のこと。
         決してなにかを止めることではない。


社協(しゃきょう)=社会福祉協議会のこと。
           決してお経を書き写すことではない。

なんかもっと色々あったような気がするけどなぁ。
どなたか気付いたらコメントください。(笑)

ちなみにPTAを会社にたとえると
四役または役員=代表取締役
実行委員=中間管理職
委員さん(常置さんともいう)=平社員
何も役のない会員さん=臨時のパートさん
ってな感じだと思ってください。

メンテナンス

日曜日の夕食時に、奥歯の「かぶせ」が取れたので
月曜日に歯医者さんへ行きました。

べつだん痛みなど変わったところはなかったので
「たぶん『かぶせ』をはり付けて終わりやろな。」
なぁんて思いながら、先生に身を、いやいや(笑)
「歯」をゆだねます。

「ちょっと黒ずんでるところがあるんで
 そこだけちょっと削ってからかぶせますねぇ。」

(^口^)はいはい、よろひくおえあいひあふ。

口をあんぐりあけてなすがまま、がりがりと
削って、けずって、ケズッテ・・・ん?まだ削るン??

ひとしきり削った後で先生の説明。

「表面だけ削るつもりが、えらい中の方まで
 進行してましたわ。
 かぶせが取れてなかったら気ぃつかへんかったから
 まぁ、不幸中の幸いいうとこやったね。」

歯槽膿漏を持ってるので、この歯医者さんには
1~2ヶ月に一度、メンテナンス治療に
通ってますが、それでも今回のことがなければ
この虫歯には気付かず過ごすトコでした。

中まで調べなわからんことって、ここにもありました。

あの事故、どないかならんかったんかいなぁ・・・。
虫歯と関連づけるなんて、不謹慎?
いやいや、ちいちゃいことから大きなこと
学ばないと・・・ね?

「 えぇねぇ。」

自分の実家に勤めてて
よく人から「 えぇねぇ。」と、言われること。

「 いつでも休ませて貰えるやん。」

それはない。
外の勤めだろうが家の勤めだろうが
休めるときゃ、休めるし
休めないときゃ、休めない。
あたしの経験範囲内では家の勤めの方が
休みづらい場合が多い。

「 気ィ使わんでえぇやん。」

多分こういう人がお商売にかかわると
人はついてこないだろうな。
いや、その前に自らが持たないかも。

「 親伍さんに助けてもらってえぇねぇ。」

確かに。
しかし自分で言ってしまえば値打ちないが
家族の歴史、五十年を振り返ってみれば
親が子を助け、子が親を助け、の連続。
授かったものもたくさんあるが
我慢したものもたくさんある。
親にはとても感謝してるが
決して人から羨ましがられるものでも
哀れみをうけるものでもない。
そう、ごくふつうのこと。

「 子どもが病気の時はすぐ休める。」

最近は病気になることも少なくなったが
以前はコレもよく言われた。
だがこれも休めるときゃ休めるが
休めないときゃやすめない。
だが休めなくても
「 連れて行く 」ことができた。
仕事に穴をあけずにすむ
そういった意味では「 えぇなぁ 」と
よく思ったものだ。
おばあちゃんはもういなかったので
別室で看護付きってなわけにはいかなかったけど
店の一番隅っこに椅子3つならべて
そこに寝かせながら店番したことが
何度かあった。

もしあたしが病気の子どもだとしたら
寝心地いいベッドがある他人の家(施設)よりも
少々寝づらくても( ウチの子は構わず寝てたけど )
自分の親がそばにいるほうがぜったいにいい。
あたしにとっての「 えぇねぇ 」は
こんなとこにある。

+。。+゜゜+。。+゜゜+。。+゜゜+。。

今日、昼下がりにY太が自転車に乗って
店までやってきた。

「 (;_;) おかあさぁん、公園で
     〇〇に水かけられた。」

こころなしか半ベソ状態だ。
見たところたいした災難でもなさそうだったが
きっと気持ちのやり場がなくなって
ここにやってきたんだろう。

「 まぁ気ィとりなおして
  おはぎでも食べなはれ。」

店に入るとじっちゃんやおじちゃん、おばちゃんが
自然体で温かく迎えてくれる。

実家で勤めていてつくづく良かったと思うのは
こういう時だ。
普段はほったらかしだけど
何か心細いことがあった時に
子どもたちがいつでも飛び込める。

先日、某スピリチュアル番組で
おじいちゃん、おばあちゃんの必要性が
唱えられていた。

この連休中、母はほとんど仕事だったが
Y太は少し離れたおばあちゃん家で
旦那といっしょにお泊まりしてきた。
生まれたときから散々容赦なく(笑)行ってるおかげで
おおきな気遣いはいらない場所だ。
こういう場所がふたつみっつある我が家は
今の世の中ではかなり贅沢なほうかも。

右から左へ受け流せなかった話( 前編 )

よくあるちょっとした考え方の違いで
なんてこたぁないことだから
右から左へ受け流そうと思った話。
でもやっぱり喋りたいので喋ります。(^-^)
事実を書くと大事にしたい人間関係にヒビがはいるので
完全なフィクションストーリーに置き換えて
お話しますね。

+。。+゜゜+。。+゜゜+。。+゜゜+。。

ウチのドラ息子と同年代の男の子がいる
一見ごくフツウのとあるご家庭の話。

あるなんてこたぁない日にそのお母さんが

「 ウチの子がプロ野球チームのキャンプに
  1日体験入団することになったんです。
  近くでやってるのでもしよかったら
  見に来てください。」

と、やってこられました。

唐突なお話で一瞬目が点でしたが
詳しくたずねるとそこの息子さんは
ちょっとレベルの高い少年野球チームに
所属しているとのこと。
そのお母さんが持ち合わせている奥ゆかしさで
最初お会いした頃はそんな話を
おくびにもださなかったのですが
その時に初めて事の次第をうかがいました。

たかが子どもが参加する企画だと
侮り気分半分で会場にかけつけた
ぬいいとさんでしたが、行ってみてビックリ!
参加しているのは協会の選考で
白羽の矢が立った彼ひとり。
トレーニングも他のプロ選手と
同じ事が課せられ、容赦なしです。
周りの大人たちも、彼を温かくはげましこそすれ
手を貸したりノルマを減らしたり
なんてことはしません。
半ベソかきながら必死で食らいつこうとする男の子。
見てて涙が出てきました。

そしてやっかみも少し(笑)
「 ウチの子にもこんな経験させてあげたいよなぁ 」

やり終えた時の彼の姿には
確実に自信と成長のオーラが漂ってたし
何よりこの今の彼が経験したことは
これから先いくつもあろう困難にぶつかったとき
たとえそれが大人になってからのことでも
きっと役に立つことだと思ったから。

「 ボクはこんなんせぇへんで。(^_^;)」

とは、一緒に見ていたY太のコメント。
大丈夫、こっちから懇願しても断られる。(笑)

めったやたら誰にでも与えられるチャンスじゃない。
それほど値打ちのある、彼にとっては
貴重な体験だったなぁ。
いい意味での羨ましさはあったけど
そこは彼の才能と努力そして運のおかげ
そしてご両親の日頃からのいろんな心遣いがあってこそ
掴んだチャンスです。
これからも陰ながら心の中で旗振って応援しよう。
その気持ちに偽りはなかったのですが…。

( 話は続きます。)

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