2025年1月13日(月) 04:06 JST

私事で恐縮ですが。

当時としてはまぁまぁハイレベルの
私立中学に入学し
高校受験がないことを良いことに
クラブ活動に没頭しつつ
勉強は超、おろそかに。
それでもどうにか卒業し、M女短大へ。
目的意識と自我の目覚めがあったので
短大では抜かりなく猛勉強
自分で言うのもなんだがかなりの成績を挙げる。
辛口だった当時の就職相談室の先生に
「これならどこに出ても恥ずかしくない」
と言わせしめるほどの内申書を携えながら
就職したのは、当時中卒の女子でも
入社できるほどの会社だった。
親にすれば 「 なんで?! 」があっただろう。
私にすれば 「 だって、この仕事がしたいねんもん。」
である。
5年間勤めたが、やりがいはあったし
悔いはない。
ただ、今になって
「ちょっとばかしハイレベルなOFFICEに
 身を置いてみてもよかったかなぁ?」
という思いはある。
理由は
「今からではそういう場に身を置くのは
 至難の業だから」
私がやっていた仕事はやろうとおもえば
今からでも出来る仕事だ。
「大手会社の新卒OL」
もうできひん。(笑)
☆。.:*:・'゜★。.:*:・'゜☆。.:*:・'゜★。
中3・笑の受験シーズンも大詰め。
そろそろ志望校を絞らなければ
ならない段階にさしかかってきている。
「上」を目指そうと思えばいくらでも目指せる
と、親バカながらそうみているが
問題は本人のやる気、そして目的意識だ。
ここにきて笑のレベルからすれば
「え?なんで?」
ってな学校まで候補にあがってきている。
理由は「やりたいことがある学校だから。」
過去にその「え?なんで?」を
自分の親に言わせたことがあるぬいいとさんなので
もし、最終的にそこを選んでも
私は首を縦に振るしかないかもしれない。
でも、「今でなくてもできることやで」もある。
「その時期にしか体験出来ないハイレベル」
世間がいうハイレベルでなくても
自分自身の身の丈にあったハイレベルでいい。
入ってみて「ぅあちゃ!着いていかれへん!」
があっても、それはソレでいい経験になる。

 

自分の足で

いつだったか忘れたけど、以前
「一見不慮の事故にみえるものでも
 実はそこにいたるまでに
 『小さなタラレバ』が潜んでることが
 少なくない。」
みたいなことを書いたことがある。
昨日、病院に入院していた男性が
だれかと間違われて射殺された。
これはもう「タラレバ」のかけらもない。
ご本人、ご遺族の心中は察するに余りある。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
なんだか、どうも、世の中みんな
甘え過ぎてないかな?なんてココ最近思えてしまう。
いや、こんなあたしがいうのもなんだけど。(汗)
賞味期限問題にしても
年金問題にしても
医療現場のたらい回し問題にしても
学校におけるさまざまな問題にしても
根本はみな「当人達の組織に対する甘え」
にあると思う。
それが巡りめぐって当人達に返ってきてるように
思えてならない。
いや、当人そのものならまだしも
実際には全然関係ない人が
とばっちりを受けていたりする。
ひとつひとつ事例をあげれば
「風が吹けば桶屋がもうかる」
的な話のオンパレードになるので割愛するが
とどのつまり、みんな「キャパを越えてる」のである。
「最終的に自分を守れるのは自分である」
ということを、少なくとも健全な心身を持った方だけでも
自覚すればうんと変わるんじゃないかな。
世の中にはいろんな人がいる。
体が不自由な人、心が不自由な人
そして不幸にも「タラレバのカケラもないこと」
に、遭遇してしまった人。
でも大部分は心の持ちようで
「小さなタラレバを察知できる人」
になれる方々だと思う。
本当にどうにもならない事例のために
できるだけキャパ増幅に協力しないと。
いや、なにも、「医者行くの、我慢しろ」
なんて言ってるんじゃないんですよ。
人として当たり前のことするだけで良いんです。
「時間に遅れない」とか
「遅れそうなら連絡する」とか
「間違いは素直に認めて謝る」とか
「最低限のルールは守る」とか。
たぶん、そういう低次元の問題が積み重なって
諸々が忙しくなってるんでしょうね。
政治家さん達が票集めのために
「国民のみなさんのため」
なんて言ってることにみんな知らず知らず
甘えていってるんじゃないかな?
たしかに、「基本的人権」が唱われている
この国はすばらしい。
でも、このまま不必要に甘え続けると
「基本的人権」は崩壊してゆく。

四天王寺さん

img20071106.jpg
小学生ぬいいとさんが「 庭 」のようにして
遊んでいた「 四天王寺さん」の五重塔。
「 聖徳太子建立の寺 」
ってことはその時から存じておりましたが
「 日本仏教最初の寺 」
なんてことは、昨日見たクイズ番組で
初めて知りました(笑)。←笑うしかない。
「 一昔前には境内を必死で掘り起こしたら
  古銭が出てくることがあった。」
こととか
「 通称『亀の池』では縁日で手に入れて
 結局飼えなくなって捨てられた
アカミミガメが山のように生息している」
こととか
http://nuiitosan.blog.drecom.jp/archive/302
小学生がなけなしの小遣い銭払ってまで
有料トイレを使うほど、とんでもなく
汚れによごれた公衆トイレが
数十年前まであったこととか
太田さんとこのオバチャンが
境内でハトのエサを売ってたこととか
そんなしょーもなぁーいことは
ヤマほど存じあげているんですけどね。
そんなぬいいとさんも夜の四天王寺さんの
五重塔がこんなにきれいに
ライトアップされているなんて
全く存じあげておりませんでしたのよ♪
そういや寺の中で有料で見学できるエリアが
あるんだけど…観たことないなぁ。

ちょいと、落ち込みぃ。

自分なりにかなりの力を振り絞って
ようやく、どうにか、ひとつのハードルを越える。
人によってはどうってことない高さのハードルである
ということは認識しているつもりだった。
別に、いい気になってるつもりは毛頭無かった。
ただ、自分で自分を誉めてやりたい気持ちはあった。
昨日の某高校への見学会を経て
そして今日、思うところがあってあちこち
顔出し(といってもWEB上の話)してみて
また、自分の小ささを思い知ることとなる。
自分で自分を誉めるにはまだまだ早すぎると認識する。

先立ってより「お勉強」と称しているもの。
コレをどう発展させていくか、なんてことまでは
まだ皆目見当もつかず、ただご縁にまかせて
目の前の難題にチャレンジしていく状態。
「お勉強」なんていってるけど
今の私にはそれを生活の糧に変えていくという
術をまったく持たない。
社会的観点からすれば今はまだ「趣味」の領域だ。
事実、「やっていて、楽しい」が先にあったので
極端な言い方をすれば
「寸暇を惜しんでパチンコに行く。」
のと同じ次元と、他人にとらえられてられても
仕方がない、という状態だった。

ただ、明け透けにそれをお披露目している自分に
ハードルを下げてつき合ってくださってる方々に対して
どこか同じステージに立っている気分でいた自分に気が付き
今日、とても恥ずかしさがこみあげてきた。
わかっちゃいたけど、わかってるつもりだったけど
である。
みなさん、凄いんだ、というのは漠然と感じているけど
本当の凄さ、というのは自分が未熟な故に
まだまだ肌では感じ取っていない。
アンテナ、磨かなきゃ。
そして、わきまえよう。

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