2025年1月 6日(月) 09:00 JST

私のステージ

私には大きな目標があった。
20代半ばで立てた大きな目標。

それは
「 子どもを産んで育てること。」

それから20年経った今、私の傍らには大きな宝が3つある。
「 育てる 」という過程がまだ完了していないが
もうほぼラストスパートにかかっているところだ。

ちょうど1年ほど前、それまでの自分の力の入れどころに
疑問を感じて、ほんとうにやりたいこと
あれこれ模索してきた。
あれでもない、これでもないと試行錯誤
それだ!…とおもったけどやっぱり違った、なんてことも
しばしばあった。
そのうちに以前の私なら潔く飛び込んでいたことにも
妙に足踏みして、どこかぎこちない自分がいることに気づいた。
ほぼ1年かけていろいろ「 ほんとうにやりたいこと 」
を模索したが、その結果出た答えは

「 ほんとうにやりたいことはもうほとんどやり遂げていた」
ということ。
そして確信するのに少し回り道したけど
やっぱり今までの力の入れどころに間違いはなかった
ということ。

目標達成を間近にひかえ、欲がでてきたのだろう。
「 もっとなにかしたい!」が私のなかで湧き上がった。
なんたら推命やらあーたら占術では総じて今年は
とても良い運気にあるといわれている。
どうもそれにとらわれて「 今、なんとかせねば! 」と
無理やり何かを探し出そうとして、かえって
かんじがらめになってしまったようだ。

今は
「 チャンスを掴むタイミングは、焦らずともきっと来る 」
とのんびり構える所存だ。
あ、もちろん水面下ではアヒルの水掻きのごとく
必死でバタバタしてるけど(笑)。

ひょっとしたら明日死ぬかもしれないと思ってここまできたけど
ひょっとしたら100まで生きるかもしれないし。

20代に立てた目標「 やりたいこと 」は
今や「 やらねば、やりきらねばならぬこと 」
に変換している。
他にも「 やらねばならぬ 」と決めたことがある。
「 ほんとうにやりたいこと 」は未だ答えがでないけど
「 とりあえずやりたいこと 」は山ほどある。

深くかんがえず、もうしばらくはやらねばならぬことの隙間で
「 とりあえずやりたいこと 」を枠にとらわれず
心の赴くままにやっていこう。

極上の宝3つゲット。
なぁに、あとの人生、おつりみたいなものだ。
仮に「 第2の目標 」が志半ばになろうとも
それはそれで悔いなし!

今年、その宝のひとつがおとなの仲間入り
ノルマ、いっちょあがり〜!だ。
まだもう1ヶ月ほど酒は呑めんけど。

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おめっとさぁん♪

もう1月2日なのに、日付操作をして
元旦アップを装うぬいいとさんです。

いつものように9時に家族でお膳を囲んで新年の挨拶をし
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いつものように奈良の橿原神宮まで初詣に行き
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いつものように現地で出会った親族・親類縁者と記念撮影
いつものように帰りに天王寺駅界隈を軽くぶらりとし
いつものように夜7時にステーキ付の夕食をして…

もうかれこれ何年つづいてるかな?このお正月生活。
「 毎年恒例 」は、平和の証しやね。^^

今年もよろしくお願いいたします。

はかどった用事

不意のオフが明けた次の日、keshidamaさんが開口一番
「 年賀状、書けたで。( ̄ー+ ̄)v 」

ここのところ年賀状書きは越年続きの keshidama さん
「 年内に書けたの、何年ぶりやろ?」
なんだかちょっとすがすがしげなお顔でしたよ。

不意のオフ、実は私も年賀状書きに専念できました。
2010年の上半期にはもう練りあがっていた構想。
「 完璧に仕上げるには2〜3ヶ月かかるな。」
という思いとは裏腹にエンジンがなかなかかからない。
かからないにもほどがある(笑)←笑い事やない。
臨時休業前日にお会いしたオバままさんに
「 え?まだ何もやってない〜?」
と、半ばあきれられてしまいましたが…
なんとか出来ました。^^v
2日かけての突貫作業で。
いつぞやの「 超突貫 」なら1日でできたんだけど(笑)。
当初の構想からは大幅に思いを割愛した部分もありますが
なんとか最小限の思いだけはお届けできるかと思います。

みなさん、元旦に届かなかったらゴメンナサイね。^^;

最近、「 私は年賀状を出さない主義で 」
という方が増えましたが
私の年賀状は相手のポリシーお構いなし
私が送りたいと思った方には、たとえお返事がなくても
「 いらない!」といわれない限りお送りしています。
この姿勢はもう何十年来変わっていません。

ただ、メールで年賀状のやりとりをしていた方には
今年はメールではお送りできません。
ワケは…お届けした方のみぞ知る〜♪

「 ぬいいとさんの年賀状がほしい!」
とおっしゃる好奇心溢れた方は、ぬいいとさん宛てに
あなたの年賀状をお送りくださるか
あなたのご住所、お教えくださいね。
あ、大丈夫、高価なツボや中身スカスカのカニなど
送りつけたりいたしませんので。^^

臨時休業

職場( 大衆食堂・ぬいいとさんの実家でもある )の
自動ドアの調子が悪くなり始めたのが1年半ほど前。
これまで玄関マットにあしあと書いて
どうにかこうにか、しのいできましたが
とうとう自動ドア君、息絶えてしまいました。

27日(月)の閉店間際に動かなくなり、修理依頼したところ
業者さんが来るのは次の日の28日(火)夕方になるとのこと。
火曜日は朝からシッカリ開店準備して修理後すぐに
店を開けられるようスタンバってたのですが
急遽、臨時休業となってしまいました。

年末のかきいれ時に休むことは確かに痛手です。
でももともとは定休日だった火曜日は通例だと
他の曜日に比べて売上が少し落ちるであろう日。
加えて故障するのがもう1日遅ければ、業者さんが休みに入り
修理にもきてもらえず、とんでもない年末になるところでした。

不幸中の幸いです。

実姉 keshidamaさん曰わく。
「 転重軽受( てんじゅきょうじゅ )やな。」

(・_・)?....てんじゅきょ〜じゅぅ〜〜〜〜〜う??
ま、難しいことはこっちゃおいといてっと。

というわけで不意に訪れたオフ。
keshidamaさんもぬいいとさんも、臨時休業のおかげで
はかどった用事は、奇しくも同じことでした。( つづく )

決死の質問

ひとくち飲んで、やっぱ美味しくないからと
飲みかけのお酒を全部旦那さんのグラスに移した時に
初めて体調がイマイチだったことに気づいてもらえた
ぬいいとさんです。

「 酒残すって…、よっぽど調子悪いねんなぁ!」やて。
先立って体調崩した時はいろいろフォローしてくれた旦那様
実は半信半疑ながらの行動だったのね....(ρ_-)o
ま、たくさん助けてもらったからええけど。(^m^)

今日はうがい代わりに四段仕込み、喉に通してます。
………………………………………………
ぬいいとさんがバスケットボールを磨いて…もとい(笑)
追いかけていた中学2年の秋のこと。
3年の先輩方が引退する運びとなり、いよいよ私達の代が
やってきた時のお話です。

新しい部長、副部長、マネージャー、会計を
決定する段になって、なにやら面白くない風の噂が
私達2年生軍団の耳に入ってきました。

「 3年生が
 『私達の一番キライな人が部長になるかも』
  って、言っている。」

なんやかやいうても中学生です。
表現がストレート。
おとなになってしまった今では理解できるのですが
思春期乙女は多感です。

2年生軍団は一様に影で反発します。
「 なんでそんなこといわれなアカンねん!?」
それでも上下関係が厳しい体育会系、先輩に立ち向かって
抗議する勇気はありません。

そうこうしてるうちに新部長を決める前のミーティングとして
3年生を交えてお話する機会がありました。
3年生から後輩たちへの最後の思いを伝え〜の
新役選定に関するお話がありぃの
2年生からもあれこれ意見は出しましたが
どうしても誰も「 あのこと 」にツッコミ入れる勇気が
ありません。

時間も経って会もおひらきにしようかとなった時
たまらずぬいいとさんが手をあげてしまいました。

「 せんぱぁい、今度の部長って
  3年生が一番キライな人が部長になるかもしれないって
  本当ですかぁ?!」

記憶では、涙流して訴えてた姿があります。
もし本当ならばその言葉で2年生全員が不快な思いをしている
といったようなことも告げた記憶があります。

結局
「 え?そんなことないでぇ。^^; 」
という、平和的な回答でその場はおわりましたが
会が終わったあとで部長候補のひとりだった
T子が私にこう言ってくれました。

「 ぬいいとさん、一番訊きたかったこと訊いてくれて
  ありがとう。
  訊きたかったけど、訊く勇気がなかってん。」

私が一番訊きたかったことをとっさに尋ねてしまったんだけど
それに対してすぐに「 ありがとう 」と言ってくれたT子。
私の行動に間違いがなかったことを確信できて
今にして思えば私こそ、ありがとうです。

細かく分析すれば、部長候補であったT子に比べれば
ノーマークだった私の方が比較的訊きやすかった
ってのもありましたよね。
それでも当時の私にとっては勇気のいることでした。

「 周りのヒトが訊きにくいことを尋ねる。」
思えば私の「 質問グセ 」はこの時に
火がついてしまったのかもしれません。

あ、ちなみにその時の私のお役目は
「 マネージャー 」となりました。
後に専任マネージャーが入ってきたので
お役御免となりましたけど。

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