2024年12月23日(月) 09:33 JST

名前騒動

「きららちゃん騒動」
子どもに「稀星」と書いて
「きらら」と読む名付けをした両親がいて
自治体によって提出した出生届の受理の
扱いが分かれたことが問題になっている
ニュース。

率直な感想。
「この両親にはあまりいい印象が持てない。」

命名に関しての思い入れや考えは
十人十色、千差万別なので
「きららちゃん」と名付けたことに関しての
あたしの考えはここでは省略。
(しゃべり出すとキリがない。)

どこがあまりいい印象が持てないのかというと
「どこか、腹くくってないんちゃう?」
というテイが少なくとも私には伝わってくるから。

「最初提出した居住地の役所で
 出生届けを受理して貰えなかった時は
 とてもショックだった。」
という母親。(これは生の声。)
あたりまえ。
当然起こりうると予測できる事態だ。
居住地役所の対応は責められるものではない。
それでも出生地でも提出可能と聞き
再提出の結果、めでたく(?)受理。
コレに関してはなにもいうことはない。
決められた掟の中での行動なのだから
「ありがたき幸せ。」と、名前を授かればいい。
あとはその「名前に込めた意気込み」と
同じ信念をもって子どもを育てていけばいい。

だけど。・・・だけど!!
「自治体によって扱いが違うのはおかしい」って?
もともと自治体とはそう言うものだ。
各種手当てや受けられる恩恵も自治体によって
違いがある。
その「違い」があるからこそ
「きららちゃん」という名が受理されたのだ。
感謝しこそすれ、責めるべきものではない。
「ある程度、決まりを統一して欲しい。」って?
この両親のおっしゃる通りだ。
そうすれば「稀星ちゃん」はじめ
「姫茶」=「キティ」や
「十兵」=「クリストファー」
なんて名前は即刻却下されるであろう。

結局、この親御さんは自分の「エゴ」(イイスギ?)を
世間みんなに認めてもらって
正当化したいんじゃないかな?
名付けにかかわらず、なんでもそうだけど
法的に許されてても常識的に外れたことを
行いたいのならある程度の傷を負う覚悟でないと。
傷を負う覚悟がないなら最低限
「出る杭にならない」心構えが必要だ。

首から下の影像だけで登場し
TVカメラを前にして
「自分なりの正論」をぶちまける。
ご両親は一石を投じているつもりだろうが
ぬいいとさん的には説得力ゼロだ。
「子どものために傷を負う覚悟」
が伝わってこない。
顔出すか、子どもさんのことを考えるのなら
いっそのこと一切なにも言わないか
どちらかにすべきだろう。