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 2019年4月22日(月) 23:09 JST

憧れ、食堂のおばちゃん

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( 「 昨日の真実、今日は…? 」の、つづき )

「 なぁ、ぬいいとさん、関ジャニに会ったって、ホンマ?」

ヽ(゜▽、゜)ノ な、何を唐突に!
ぬ「 どこからそんなお話が?!(?o?) 」
Y「 なんかウチの子が言うてたでぇ~。」
・・・あ、そういうことか。(´ー`)ヾ

Y太のクラスメートがちょこちょこココに来てくれているらしく
どうやらブログの隅々までチェックしてくれているようですね。
(あ~、うっかり下ネタ綴れなくなっちゃった。^^;)
もう2年以上も前の話なのに・・・掘り起こしてくれてありがと♪

その昔、今の職場が定休日である火曜日を利用して
関○テレビの社員食堂で週一バイトをしていたことが
ありました。
ほとんどが仕事や職場仲間のお話なんですが、
1回だけチラッと載せた関ジャニとの遭遇話・・・
いやぁ、ホントよく見つけましたよね。

お年頃の女の子たち、ジャニーズ系が大好きという子も
もちろんたくさんいるようで、どんなちっちゃなジャニーズネタも
見逃さない、一途に追いかける様子を見てて
ふと、セーラー服を着ていたころにタイムスリップしてしまいました。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
その昔、ぬいいとさんが野球少女だったころ
阪神タイガースのお目当て選手を一目見ようと
独身選手寮である「 虎風荘(こふうそう) 」の前でよく選手待ちをしていました。
今の虎風荘ではなく、前身の虎風荘は食堂の厨房が
ちょうど玄関の近くにあって中の様子が窓越しによくみえていました。
選手をうかがい知ることはできなかったのですが
厨房でかいがいしく働くおばちゃま方はよく拝見しました。

「ええなぁ。あたし、虎風荘の食堂のおばちゃんになりたい!」

・・・冗談でなく、けっこうマジで考えてましたよ。(笑)
普通の白衣着て、白い三角巾巻いた、化粧っ気のない
ほんとぉ~に、普通のただのおばちゃま方だったのですが
憧れの選手のそばでせっせとご飯を作って出す、っていうだけで
もう、そのおばちゃま方がとってもうらやましくて
そしてとってもかっちょえぇ存在に思えたんです。
これが、ふつうの社食や学食のおばちゃまなら
ぜったいそうは思わないところなんですけどもね(笑)。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
関テレの食堂で働いていた頃のぬいいとさんと
その昔、私が見ていた虎風荘の食堂マダムが
ちょっとリンクしてしまいました。

結局彼らを接客したのは2年間勤務した中で2~3度ほど。
ご飯やみそ汁を入れてカウンター越しに「 どぉぞぉ~♪ ^^ 」
って渡しただけのことなんですけどね。
一緒に写メ撮れるわけでもなく、フレンドリーに話すヒマもなく
ましてやサインがもらえるという話でもないので
基本、あとは普通の社食マダムです。
仕事は、かなり、キツイです。(笑)
ミーハー気分だけでやってきたらドえらい目に遭います。
というわけ大昔のたった2~3度のことなので自慢にもならないんですが
ただ、いい思い出にはなりました。^^

なにかの収録の合間だったのか、面白メイクやスタイルそのままで
メンバーがぞろぞろと揃ってカウンターにやってきたことも。
ほっぺたに赤い渦巻書いたおてもやんルックの村上くんは
未だに記憶に残っています。
あとは・・・営業時間外にやってきてとびきりの笑顔で
納豆とご飯を懇願してきた丸ちゃんのことかなぁ・・・
あれ以来、ぬいいとオバサマは丸ちゃんの笑顔のとりこです。(笑)

・・・っと、2年経ったいま、プチ自慢。(笑)(笑)
本当にちっちゃな事なので、書くのもなんだかなぁと
当時は綴るのを控えてたんですが
もう、戻ることもおそらくないので、ちょっとカミングアウト。

冷麺まだぁ〜?

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5月下旬のこと。
「 そろそろ『冷麺』始めようか。」
と言ってた頃に、厨房の核であるお義兄さんが入院した。
オヤジが厨房の一切合切を取り仕切ることになったが
なにせ御歳84才のご老体、義兄の長引きそうな入院に
退院まで身体が保つか本人も周りも心配だった。
かといって休むわけにもいかない。
ってなわけで、必要最小限の営業形態で開店することになった。
閉店は4時、お持ち帰りは出来上がり商品のみ
そして…「 冷麺販売延期 」
たかが冷麺、されど冷麺、これがあるかないかで
厨房内の負担がだいぶ変わってくる。
売上が低迷するのも、お客様から苦情がでるのも折り込み済み
すべては「 我が身(オヤジ)を守るため 」である。
最初は言い訳せずにお断りしていたが
そのうちに納得できないというお客様が増え
「 スタッフの入院 」という事情を説明せざるをえなくなる。
「 若い兄ちゃん、まだ入院してるんかいな?」
皆さん、お義兄さんを心配して尋ねてこられる
…という人は何人くらいだろう?
ほとんどの方は「 お義兄さん 」の心配より
「 冷麺まだぁ?」の心配のようだ。(笑)

オヤジが休みの日に外出しなくなった。
「 道歩いてるだけで見ず知らずの人から
  『冷麺まだぁ?』
  って尋ねられる。」
といった具合だ。
うちのオヤジ、どこまで有名人やねん(笑)。
ぬいいとさんが帰宅すると、子どもたちまで
「 なあ、冷麺まだ持って帰ってけぇへんのん?」
という始末。
「 もう!みんなうちの人のことより
  冷麺の心配かいな!」
と、憤慨する姉keshidamaさんに
「 まぁまぁ、その目玉商品がなくて
  それが欲しくてしようがない店も
  世間にはいっぱいあることやし…」
と、なだめるぬいいとさん。

そのお義兄さんが、今日退院してきた。
40日間の病院生活でかなりからだがなまっているので
ちょっとずつ体を慣らしていく必要があるのだが
しびれを切らしたオヤジが宣言。
「 あさってから冷麺やるぞ!」

冷麺のチラシ、刷らなくちゃ。
広報紙も早く仕上げなくちゃ。
ほほえみさんのブログもアップしなくちゃ。
…といいながら、細切れ時間の寸暇を利用して
携帯でこのブログを細切れで書き連ねるぬいいとさん。
みんな、ごめん!(-人-)
一両日中には必ず…^^;

醤油チュルチュル

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「お~い、これはいつもどないやって入れてるんや?」
 (どのようにして、入れてるの?…の、意。)
まだたんまりと中身のある醤油の一斗缶を前にして
オヤジが困惑しています。
満タンだと重さ約18キロの醤油の一斗缶から
計量カップに醤油を移し替えたい、というわけなのですが・・・
姉 「 あ、それ?ウチの人(入院してるお義兄さん)は
   いつもヒョイと持ち上げて直接移し替えてるで。^皿^」
父 「 わしゃ、そんな力ないがな。
   ちょっと『向い』に行って『アレ』買ってきてくれや。」 
「向い」とは、道路隔ててすぐのところにある
とっても昭和なつくりの金具屋さん。

そして「アレ」とは・・・
その名も「醤油チュルチュル」。
あのドクター中松さんが中学の頃に
母親が醬油を瓶に移し替えるのに苦労しているのを見て
「なんとか楽に醤油を入れ替えられないものか」
と発明したのがこの「醤油チュルチュル」。
今は「灯油ポンプ」として広く知れ渡っていますが
「これは『灯油ポンプ』ではなく『醤油チュルチュル』です!!」
と発明なさった本人さんが力説なさってたので念のため。

五〇〇円玉握りしめて「向い」へ行くと
これまたオヤジくらいのお年頃であろうご婦人が鎮座。
さすがに「醤油チュルチュルください。」とは言いづらく
「灯油入れる時の・・・・・・」
とまでいったところで、ご婦人がニッコリ笑って
右手を「パフパフ」と動かしてポンプを押す動作を。^^
「 安うであるやろ。」と父が言ってた通り
¥130で、お買い上げぇ~♪


発明の心は愛である。
と唱っている中松氏・・・。
へぇ~、もう81歳になるんやぁ。
まだまだお元気そうで。^^

1日だけの早朝出勤

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先日、同じ職場のお義兄さんが入院した。
厨房の核となっていたお義兄さんがいなくなり
急遽、オヤジが厨房の一切合切を背負い込むことになった。
数日ならともかく、長期に渡る様相
オヤジひとりでは体が潰れかねない。
取り急ぎ、私に何かできることはないかと
早朝出勤することにした。
5時過ぎ入り。
「 別に来んでもえぇ(来なくても良い)。」
というオヤジ。
「 いや、それでも何かやることあるやろ。」
とぬいいとさん。
で、1時間、2時間と経過…。
ホンマにやることない。(笑)(笑)(笑)
結局、早朝出勤するより
いつもより1時間半早出する方が
何倍も有効であるという結論に至り
ぬいいとさんの早朝出勤は初日一日だけで終わった。

収穫は…
ひとつは家業であるにもかかわらず
よく考えれば幼き頃に見たっきり
これまでほとんど目の当たりにすることがなかった
オヤジの仕込み風景を、この歳になって
しっかりまぶたに焼き付けることができたこと。

もうひとつは、かねてよりとっても記録におさめておきたいと願っていた
早朝でしか見られない
「 躍進號(やくしんごう) 」での餅つき風景を
バッチリビデオにおさめることができたこと。





ぬいいとさんが物心ついたころにはすでに我が家にあった。
なので、稼働し始めてかれこれ半世紀もの年月が経つ。
機械なんだけど、餅をつく原理はアナログ。
通常、臼と杵を使って餅をつくなら人手がふたり必要なのだが
これはそれをひとりでできちゃうというスグレモノ。
難点は「我が家では無事故だが、実のところかなりアブナイ。」
(携帯ムービーで画質が悪いのがちょっと残念!)




お義兄さんが入院した時は
「 2~3日なら大丈夫やけど、長期は体が保たん 」
と言っていたオヤジ。
なんやかや言いもって、かれこれ3週間が経とうとしている。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ちなみに・・・ぬいいとさん、地味に「 YouTubeデビュー 」である。
(実はこれが1番言いたかったりして。^^;)

「 あん 」炊いたけど・・。

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実は先週、オヤジが心臓の手術をして
結構バタバタしていた。
火曜日入院
水曜日手術
土曜日退院。
「 転ばぬ先の杖 」的手術で
しかも短期で退院できるとあって
あまりたいそうに構えてなかったのだが
それでも国内で5本の指に入るほどの先生に
執刀してもらうほどの手術。
心臓に管5本突っ込んで
ちょっと壁に穴まで開けて
心臓の内壁を焼いちゃう、なんて手術。
「 ひょっとしたら還ってこれないかもしれん。」
と思ったとは、無事生還したオヤジの後日談。

「 退院したらすぐ『あん炊き』するぞ!」
アホな!そんなことしてどっか血管破れたら
どないすんねん?!
ってなことで、せめて2〜3日でも
オヤジの「 あん炊き 」を阻止しようとしたが
無駄な抵抗でした。(笑)
退院した次の日に「 あん炊き 」決行。
(仕事場では10〜20キロのあずきを一度に炊く。)
しかも、私がヘトヘトになりながら炊いた
あのあずき1キロ分の「 あん 」も
ひとつも使わず、新たに炊くヤツに混ぜ込んで
炊きあげちゃった。
「 あんの硬さが違う 」とか
「 色がちょっと… 」とか、挙げ句の果てには
「 五合炊くのと三升たくのとは全然味が違う。」
とまで言い出して。
親を思う子心、親知らず。
結局、私には全身凝り固まった疲れた体だけが残った。
激動の一週間を過ごした体を整骨院でほぐしてもらいながら
「 盛大長生きしやがれ、このやろぉ〜。」
と心で叫ぶぬいいとさんであった。

ま、なんやかやいうても、平和な我が家だ。


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