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 2018年1月24日(水) 18:23 JST

お仕事しなきゃ♪

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さて、父の生前と没後のお話は綴り出すときりがないので
一旦置いて、「今」のお話をいたしますね。
父の思い出話はまた合間に追々と。(^^)

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

さて、昨年末より父の介護や
亡くなってからの残務整理で
シフトが組めない状況だったこともあり
日雇いバイトで日銭を稼ぐ日々を送らざるを得なくなった。
それでもありがたいことに好条件のバイト先で
ほぼ希望通りに月の半分くらい働かせてもらっていたのだが
夏も終わりに近づいた頃になかなかこちらの希望が
通らなくなり、極端に勤務が減ってきた。

派遣先の職場の状況を鑑みて次の一手を考えねばと判断。
シフト制のところでも全然問題ない体となったが
それでもまだ父の遺品整理やその他モロモロで
一週間フルでは働けない。
それにせっかく断腸の思いまでして手に入れたこの生活
旦那さんと同じオフ日をもう年に片手、あるかないかの日
とはしたくないので
土日の休みは確保したい。
あ~、そうなるとサービス業は無理やな。
やっぱり日雇い派遣のバイトで働こう。
フルタイムの日雇い派遣を週3くらいで入れようか
それとも短時間バイトをバンバン入れていこうか
あれやこれやと考えていたところにとある職場の
募集サイトが目に留まった。
ゆにばでびゅ〜♪した日に何かをググってる最中のことだった。
(つづく)

無意識の思いやり

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「 医師の診断をオオカミ少年の声に例えるのは
  余りにも可哀想だと思いますが (⌒‐⌒) 」

と、メール愛人からやんわりとご忠告を賜りました
ぬいいとさんです。

確かに。
現実的な、的確な、客観的な診断に対して
失礼な表現だったかもしれません。
悪意は無かったのですが。
私が著名人なら炎上モノだったかも?です。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
父は今年に入って要介護5となってから
この5月に亡くなるまで、俯瞰でみると
徐々に下降線を辿っていった形なのであるが
その日々は決して希望のないなだらかな下り坂ではなく
希望の上り坂が訪れては、悟りの下り坂がやってくる
といった感じで日々が過ぎていったという状況だった。

越年できないかと思わせるくらいに衰弱していたのが
介護体制を整えたことによって
座った姿勢で
一杯のうどんを自力で食べられるまで回復したり。

「この調子ならお風呂が入れるようになるかも?」
と、ヘルパーさんと期待していたらまた徐々に
食欲がなくなったり。

入院してからも最初は意識なく
ただ眠っていただけだったのが
そのうちにプリンやヨーグルトを食べるまでになって
まだまだ頑張れるんじゃないかと期待したり。

下り坂を現実として受け入れつつも時折訪れる
小さな上り坂に一喜一憂することでまわりも救われた。
お世話になったケアマネさんによると
終末を迎えるまでに幾度か訪れるこの
「希望の小さな上り坂」
は、どんな方にもよくよくあることだそうだ。

生きたいという「欲望」
身内に心配をかけまいとする「愛」
死ぬ前にそんなことまで考えているのかどうかは
死んだことがないのでわからないけど。
ただ、もしそんなことまで考えていなかったとしても
「無意識の思いやり」みたいなものが本能的に
人間には備わっているのかもしれないと感じた。

父が亡くなったのは「火曜日」
父が築きあげたお店の定休日だった。
仕込んだ食材が無駄にならないように
日々の支払いが滞らないように
そんな無意識の思いやりがあったかもしれない。

オオカミ少年の声

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ピリオドを打ってから思いのままに過ごしていたが
数ヶ月経った昨年末、父の心身の衰えが急に目立ち始めた。
食べない、通院不能、入浴サービスドタキャン、etc…

「ひょっとしたら年越せないかも」

一頃はそんな状態だったが、敏腕ケアマネさんの
的確な判断とブルドーザー的対応でみごと復活!
年明け数週間後にはおうどん一杯食べられるくらいまで
回復した。

「いつ、何があってもおかしくない状況」

医師からそう告げられて、かれこれ1年は経っただろうか。
何度ももうアカンのとちゃうか?という場面に遭遇して
そのたびに復活してきたオヤジさんである。

実姉 keshidamaさんと私にとって、医師の言葉が
オオカミ少年の声と化していた。

ピリオドを打ってから

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お仕事ちょうだい♪」の生活は続く。

「 とにかくまずは思いのままに過ごしたい 」

というのがあったので、シフトのある仕事は避けた。
数日ごとにお仕事を決める日雇い派遣バイトに登録する。

ライン作業で苦い経験したのにも懲りず
ウタマロに逢いたくて再びラインの仕事に行きぃの
ミナミのたい焼き屋さんで、わちゃわちゃ働きぃの
パンストに黒ヒール着用の中華レストランで奮闘しぃのと
バタバタバタと単発でお仕事をこなしていた。

あいまに区役所でリーズナブルな講習会を見つけては
ぱわぁぽいんと習いに行きぃの、介護教室に行きぃの
役立つもの、そうでもないもの、いろいろ参加した。

何年ぶりかで家族揃って遠出もした。
笑の大学の学祭見学を絡めての1泊旅行である。
大袈裟ではなく、ここ数年正月以外は全く連休は
取らなかったので、家族旅行はいつも私抜きだった。
前に行った家族旅行はたしか7年前の九州旅行?

あいまに父の通院の付き添いやら、お彼岸のお手伝いやら。
お店から距離は置いたものの、実の親兄弟までは
放って置くわけにはいかない。
微力ながらも家族として、できうる協力はした。

そうこうしてるうちに

「シフトは組みたくない」

から

「シフトが組めない」

状況になる。

ピリオドを打ってから3ヶ月ほどたった
師走の声が聞こえた頃だった。

お仕事ちょうだい♪

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今からちょうど1年ほど前のお話。
ピリオドを打つ前から決まっていた
単発のお仕事があった。
全国規模で5年ごとに行われるあの調査の調査員だ。
100件以上あるお家を1件1件回ってポスティングしぃの
様子伺いしぃの、場合によっちゃ直接お訪ねしぃの
なんてお仕事である。
いつぞやに6千枚×2回のチラシをポスティングした
ぬいいとさんには、なんてこたぁないお仕事だ。
(ご興味ある方は2007.7.12~17
辺りをご覧ください。)

ただこのお話をいただいた時点では時間的に余裕がなく
それまでの仕事にピリオドを打つ予定もなかったので
「2区画」という範囲でお仕事を申し込んだ。
が、しかし!急にお暇を頂戴し、もて余す状態となる。

で、ダメ元でお願いしてみる。

「急に暇になったから、お仕事ちょうだぁい♪^^」

「あぁ、全部決まっちゃったからもうないよ~」

「じゃあ、キャンセル出たら回してちょんまげ~♪^^」

「じゃあ、キャンセル出たらまた電話するねぇ」

「少々遠くても行くから、よろ~♪^^」

親方日の丸の施設だからもっと丁寧な会話だったけど。

割の良いお仕事だったのでなかなかキャンセルは
出ないとは思ったけど、それでもどこかで穴は空くハズ
案の定、空きが出た。
「プラス2区画ゲット」である。

後にその空きが出た地域の住民が話してるのを小耳に挟む。

「あ~たらさんが(調査の仕事)アカンようになったから
 なんやったらワシやったってもえぇねんで
  って言うたんやけどな、役所の兄ちゃんに
  『大丈夫です』って言われてな…。」

ゴメンおっちゃん、ソレ、アタシがもらった。( ̄▽ ̄)ゞ
待っていては仕事は来ない。
分をわきまえつつ、貪欲に。
そうすると最終的にありがたいお仕事に巡り会える。

かくして、後々ぬいいとさんが日雇い派遣バイトで稼ぐ
何倍ものお手当てを頂戴する。

ぜぇんぶオヤジさんが滞納してた固定資産税に消えたけど。

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